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第382回

青森からも、3人の学生が・・・

2008/12/26

 ちばぎん総合研究所が発行している月刊誌に「マネジメントスクエア」という雑誌がある。その2009年3月号のインタビュー欄に登場することになって、取材を受けた。
 やってきたのは、編集者、カメラマン、インタビューアー(ライター)の3人。
 写真を撮るのとはちがって、写真を撮られる、というのはちょっと照れくさい気もしたが、楽しかった。

「斉藤茂太さんって、けっこう大きな人だったんですね。奥様は小柄な人でしたけど・・・」
 茂太さんは2年前に亡くなったが、その1年前、雑誌の取材で、このカメラマン氏、ご自宅に伺い茂太さんの写真を撮ったとのことだった。
「そのときに撮った写真を気に入ってくださって、その後に出版された本に、私が撮った写真を使ってくださったんです」
 そう、世間はあんがい狭いのである。みんなどこかで、こうして、つながっていたりするのだ。

 また、書棚に並んだ本を見て、著者のなかに、仕事がらみでの知り合いがいたりして、取材内容とはちがったところで、話が盛り上がったりもした。

「先生、すごいですよ。道東から沖縄まで、来年の4月、全国から学生がやってきますよ」
 こういったのは、この欄にたびたび登場する言コミのF教授。
「秋田もいいんですけど、今の2年生には、青森から3人の学生がやってきているんですよね。そのうち2人は観光です」
「じゃあ、3人に集まってもらって、いろいろ話を聞いて、青森特集をやらないとね」
 こんな会話を楽しんだ後、長野産の美味いりんごを食べて、今年最後のこのHPの原稿を書いている。
今年も、お付き合いくださり、ありがとうございました。
 新年最初のこのHPのアップの日は、1月9日の金曜日。
 来年もよろしく、お願いいたします。

 あ、そうそう、大事なことをひとつ、忘れていた。
「『日本観光文化学会』を設立するときは、参加したいと思います」
 行政で観光を担当している人や、高校の先生、観光関連の業界人何人かから、そんな声をいただいていた。8月のこのHPに設立準備室を設けたことについて言及して、そのままになっていたので、気になっている人もいるのでは・・・。その後の経過について、若干言及しておきます。
現在、既存の関連学会や研究会の実績に学びながら、新しい観光文化学の構築を模索するべく、学会設立に向けて、準備中です。活力があって、開かれた学会を目指しています。御期待下さい。

                            *

「先生、国内の写真がたまに出るのもいいですね。先生が、海外だけじゃなくて、国内もいろいろ行っているってことが分かって、いいですよ」
 F教授のこの言葉に従って、今回もまた、熱海で撮った写真を載せることに・・・。
 ライトアップされた熱海城、そのそばに、出ていた「明日辺りが上弦の月」の形の月。


熱海城に月

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第381回

ヒマラヤ桜

2008/12/19

 前回のこのHPに載っている熱海の夜景の写真を見て、
「熱海の夜景って、きれいなんですね。初めて見ました」
  という人がいた。
  だれでも知っている温泉地、伊豆の熱海、でも、その夜景を実際に見た人は、意外に少ない。
「熱海でこの時期に咲く満開の桜もきれいですよ、夜桜、いいですよ」
  というと、
「えっ、冬に満開の桜が咲くんですか」
  と、これまた、驚いた、ってな感じで・・・。
  そう、熱海では、12月初めのこの時期に、満開の桜の花を楽しむことができるのである。
  実は、そのことは、今回の熱海行きで、初めて知ったことなのだが、いや〜、驚いたね。この桜が、なんとも立派な桜なのである。

 「10月桜」など、10月からこの時期に咲く桜の花というのは、日本各地のいろいろなところにある。でもそれらの花は、どれも、春に咲く桜のように、枝いっぱいに密集して咲くというのではなく、ポツン、ポツンと疎らに咲く、といった感じである。
 だが、ここ熱海の桜はちがうのだ。
 春の花見で見るように、パア〜と、満開の桜の花が咲くのである。
 そんな桜が、熱海にある、となったら、是非とも、見てみたいもんだ、と思う人もいるのでは・・・?
 幸運にも、その満開の桜を、ぼくは見ることができた。
 ありがたいことである。感謝、感激、熱海の桜・・・??

 満開の花を咲かせるのは、2本の、ヒマラヤ桜。
 ネパール国王ゆかりの桜であることから、こう呼ばれているとのこと。
 親水公園に建つ高さ30mの人工のクリスマスツリーのすぐそばに、その桜はある。
 夜になると、この人工のクリスマスツリーが光り輝く。そのツリーをバックに、桜の花にカメラを向けた。

                            *

 今回の写真は、夜のヒマラヤ桜を撮ったもの。バックに写っているのは、人工のクリスマスツリー。このときは三脚を持っていなかったので、手持ちのデジタルカメラで、ぶれないようにして・・・。


熱海、夜のヒマラヤ桜

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第380回

冬の嵐の後、熱海の夜景を・・・

2008/12/12

 5日の午後4時ごろ、熱海でのことである。
 それまで空一面がどんよりとした雲に覆われていたものの何とかもっていたのだが、急に風が強くなってきて、激しい横殴りの雨が降り出した。
 まさに、冬の嵐だった。
 こんなときは、素直に、自然に従うことにして、雨宿り・・・。

 だが、いいこともある。
 この冬の嵐が、空気中の塵・ゴミ・埃をきれいに吹き飛ばしてくれたのだ。
 おかげで、この日の熱海の夜景の見事なことといったら・・・。それを、見ることができたなんて、なんとも粋なプレゼントをしてくれたものだ。

 日が沈むころ、熱海の夜景を見るために、熱海城のある丘に上った。
 ライトアップされた城の右上方に、
「明日辺りが上弦の月?」
 そんな形の月がでていた。

 最近はあまり聞かなくなったが、熱海の夜景といえば、以前はよく「百万ドルの夜景」といわれたところである。
 久しぶりに見た熱海の夜景は・・・、というと、これが、なんとも、素晴らしいものだった。
 温泉宿の灯り、熱海湾に突き出たムーンテラスのある親水公園、そこに続く砂浜もライトアップされている。
 このライティングをプロデュースしたのは、東京タワーや横浜のベイブリッジ、姫路城などのライティングを手がけた、世界的な照明デザイナーの石井幹子さん。

 最近はあまり聞かなくなったが、熱海の夜景といえば、以前はよく「百万ドルの夜景」といわれたところである。
 久しぶりに見た熱海の夜景は・・・、というと、これが、なんとも、素晴らしいものだった。
 温泉宿の灯り、熱海湾に突き出たムーンテラスのある親水公園、そこに続く砂浜もライトアップされている。
 このライティングをプロデュースしたのは、東京タワーや横浜のベイブリッジ、姫路城などのライティングを手がけた、世界的な照明デザイナーの石井幹子さん。

 親水公園に、ライトアップされたクリスマスツリーも見える。
 高さ30mのこの光の塔は、熱海の新しい観光スポットだ。

                            *

 今回の写真は、熱海城から見た、熱海の夜景、ということに。


熱海の夜景

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第379回

『ウクライナとモルドバ』から

2008/12/5

「東京はどうですか。寒いですか。今、キエフは雪が降って、寒いですよ」
 バレンチーナさんから突然、電話がかかってきた、あの、なつかしい、声で。
「秋山さんお元気ですか。あいかわらずお忙しいんでしょうね・・・、今度、日本に行くことになりました。お会いしたいですね〜」
 もちろん、こちらも、
「お会いしたいですね〜」  とこたえる。
 半年ぶりのなつかしい声であった。

 ソ連の団体ツアーのガイドとして船(ショーロホフ号)で九州から神戸そして東京の晴海へやってくるとのこと。スケジュールがはっきりしたら、
「また、ご連絡します」
 ぼくのヨーロッパ行き(1991年2月〜3月)が、湾岸戦争の影響で中止になり、バレンチーナさんがやってくる時期に、運良く(?)日本にいることになり、3月初め日本での再会となった。
 晴海埠頭に迎えにいき、船内でアイスクリームを食べ、都バスに乗って銀座に出た。
 銀座をぶらぶらした後、JRのガードの下の飲み屋で焼き鳥、煮物を食べながらビールでカンパーイ。
 混み合った、煙の充満したガード下の店でウクライナとモルドバの珍道中をふりかえって大笑い。
 気分の良くなったところで、JRに乗り、上野から向島へ。下町のおばちゃんのやるお好み焼きの店で鉄板を囲み、食後の腹ごなしにボーリング。
「日本人は皆、車に乗っていると思ってました。こんな電車に乗ったの初めて、人が多いですね」
「おもしろいです。いろいろな人を見てると」
 バレンチーナさんはボーリングをやるのが初めて。はじめは力いっぱい玉を放り投げ、ドスンと音をたて、横の溝へ。が、そのうちに慣れてきて、とうとう一投でピンをすべて倒してストライク。大よろこびの姿はまるで子供のようであった。
「10時までには船に戻らなくては・・・」
 で、錦糸町から都バスに乗って、船にむかった。
「今日は楽しかったです。電車にも、バスにも乗って・・・」と、帰りのバスでバレンチーナさん。
 ぼくは、海外から知人がやってきたとき、できるかぎり、公共交通機関を利用する。
 ごくふつうの人々の一日の暮らしの様子、そのほんの一部でも見ることができれば、と思って案内する。要するに、ふだんのぼく自身の行動パターンのままに。
 ぼく自身の旅も同じである。
 その土地土地に、どんな人々がいて、どんな暮らしをしているのか、がとても気になる。それを見るのが楽しい。
 日常的な、ごくふつうの人々の暮らしぶり、というのはマスコミにはとりあげられにくい。
 テレビ、新聞なども、話題性のある事件、災害、ドラマチックなできごとは大々的にとりあげるが・・・。
 しかし、この何の変哲もないような、日常のできごと、が、ほんとうはとても重要なことなのである。
 ウクライナとモルドバを旅したのは1990年の8月。ソ連の通貨、ルーブルのレートはたびたび変化するが、そのときのレートはツーリストレートで1ルーブルが約26円であった。
 その後の大きな変動をむかえる前の、ウクライナとモルドバの人々の暮らしぶりの一面がこの本のどこかから伝わってきたでしょうか? そして、どれか1枚でも気にかかる写真が・・・という人がいれば、やはり、うれしい。

 今回はまず、以前このHPでもとりあげたことのある我が本『ウクライナとモルドバ』のあとがきを途中まで紹介した。
 1991年の11月に書いたものだが、今、この本を読み返してみても、「ちっとも、変わってないな〜」と思う。
 この本『ウクライナとモルドバ』をどこかの図書館で見かけることがあったら、手にとって見てみるというのも・・・。

 ここに登場する向島のお好み焼きの店にはよく行った。店の名は、春三吉。浅間神社のそば、水戸街道から路地を一本入ったところにあった。
 この店も、今は、もう、ない。
 おじちゃんも、おばちゃんも、言葉はきつかったが、温かい人たちで、いい店だった。

                            *

 今回の写真は、『ウクライナとモルドバ』にも登場する、ウクライナの大平原で見かけたヒマワリ畑に咲く、満開のヒマワリの花。


ウクライナのヒマワリ畑

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