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共通領域部からのお知らせ

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大学で学ぶとは-「全体的・統一的に考える」ということの大切さ
2010年04月21日

◆「共通教育」の教育目的の一つに“考える力・表現する力”を自分で育て伸ばして欲しいという願いがあります。そこで、一年生から「大学で学ぶ」ということを考えて身につけてもらうためのいろいろな工夫をこらしています。

◆例えば、「基礎演習・ディベート」という授業のなかで、「考えながら学ぶ」という意味と意義を理解してもらいながら、考えることに際していくつかの留意点あるいは考える上でのポイントとなる問題を紹介しています。そのなかで、①客観的に考える、②論理的に考える、③批判的に考える、ということの大切さが述べられています。ここでは、そうした3つのポイントと密接にかかわっているもう一つの契機、すなわち「全体的・統一的に考える」ことの大切さを述べておきたいと思います。

◆「全体的・統一的に考える」というのは、ものごと・できごとを個々の要因・要素・部分に分解・還元して、そうした個々の部分を正確に分析して解明し、全体をこの個別的な部分の総和として積み上げるというやり方-実はこれは近代科学の考え方の基本視角なのですが-だけではなく、さまざまなできごと・ものごとを関連づけ、時間と空間の全体のつながりのなかで統一的に捉え理解するというやり方です。全体は、必ずしもそれをつくっている個々のものごと・できごとの単純な合計、部分の総和としては捉えられないところがあるからです。

◆一つ例をあげておきましょう。20世紀の偉大な近代経済学者の一人にケインズという人がいますが、彼の有名な「乗数理論」にかかわる「合成の誤謬(ごびゅう)」という発想があります。これは、今、100人からなる社会の各メンバーが、各人の収入を100円として、お互いに同意の上で今までしてきた1円の貯金を2円にふやして社会全体の貯金をふやそうと行動します。社会全体の貯金は2倍になるでしょうか。

◆社会全体の複雑な運動のなかで、結果としはて貯金は減るということもありうるのです。まったく摩訶不思議な手品のようなことが現実の社会のなかでは起こるのです。社会は、個々人の行動から成っているのではあるけれど、しかしその全体は単なる総和とは異質な動きをするということです。単位1を100個集めても、社会的運動の全体的プロセスにおいては120にも80にもなりうるということです。 これが「合成の誤謬(ごびゅう)」ないしは「合成のパラドックス」のいわんとする要点です。

◆このような事態は市場経済の動きの中にも見ることができます。個々人のさまざまな自由な思いや動機によって営まれる経済活動が、社会全体としてみると個々人のあずかり知らない、そして個々人の意志とは独立した需給法則に基づく価格の運動や景気循環が生じてしまいます。誰もが景気をよくしたい、地価を適正にしたいと願いまた善意をもって力を合わせて対策を講じても、市場の動きはあたかも自然の運動のような姿をもって現れて、逆に人間をまき込み、支配してしまいます。

◆ついでながらもう一つ、囲碁や将棋やオセロを考えてみましょう。そこでは、100回の個々の局面の戦いに勝ったとしても、たった一回の局面の敗北であっという間に全局面の敗北につながることもあるのです。ですから、プレーする人は、個々の局面だけでなく常に全局面を視野に入れて、個々の駒の全体的なつながりと構成・構図を考えながら一つ一つの駒を打っていかなければならないのです。

◆ものごと・できごとは、単独で存在し運動しているのではなく、様々なつながり・かかわり・しくみの中で存在し運動しているのです。これは、自然のできごと、社会のできごと、自分の生き方など、すべてのものごと・できごとを考える上で決定的に重要な視点です。

◆このような意味での「全体的・統一的に考える」ということの重要さを、改めて皆さんにも自分の具体的な体験に即して検討・吟味してみて下さい。

(日山紀彦)