東京成徳大学では、「キャリアデザイン」の授業が必修になっています。キャリアとは、狭い意味では職業上の経歴を指しますが、大学に入ったばかりの皆さんは、もっと広い意味で自分を社会、世の中にどのように表現していくかを考える時間ととらえてみてはどうでしょうか。
とはいえ、実際にいくつかのエクササイズに取り組んでみると、「自分」が何者であるかをとらえることすら極めて難しいということがすぐにわかってきます。先日授業で取り組んだのは、「わたしは…。」という文の…に思いつくことを入れて20以上の文を作るというエクササイズでした。何でもいいんだよ、と言われてもなかなか書けずに苦労している人もずいぶんいました。「自分のことなのに、こんなに難しいと思わなかった」「自分でも自分って何かわからない」という感想もありました。
社会学の視点からは、人の人格形成は環境の影響を抜きには考えられません。わたし達は生まれてから多くのものを環境から受け取って育っていきます。まずは名前がそうです。ほとんどの場合、わたし達は自分で名前を選んでいません。親や周囲のおとながつけてくれます。環境は多くの「らしさ」をわたし達に流し込みます。弟や妹が生まれれば、「お兄ちゃん・お姉ちゃんらしく」ふるまうように言われるかもしれません。「男の子・女の子らしく」しなさいと言われた経験のある人もいるでしょう。学校では「生徒らしい」服装や髪型をするように求められ、少々生意気な口をきけば「子どもらしくない」と叱られ…人の人格は、こうした環境からの「らしさ」で形づくられていきます。ですから、「自分らしさ」を探すひとつの鍵は、環境からどのような影響を受けてきたかをふり返ることです。
しかし、「自分」を形づくる上でもうひとつ忘れてはならない要素があります。もし、人が環境によってのみ形づくられる存在なら、同じ条件で育った子どもはまったく同じ人格を持つことになるのでしょうか。ふたごの研究からもそうではないことが明らかになっています。似たような環境で育ったふたごでも、まったく異なる人格を形づくることは決してまれなことではないのです。なぜか。人には生まれ持っている個性があると考えられています。環境から同じ「らしさ」を押しつけられても、それを素直に受け入れるか、反発して拒むかは、その個性によるのです。この個性こそ「自分らしさ」の根源です。
ですから「自分」を探すときのもうひとつの鍵は、この生まれ持った個性をことばで表現することです。環境からの影響に対して、自分はどう感じ、考え、行動してきたのか。自分は何に感動し、何に後悔を感じてきたのか。そして、これからのキャリアを設計する上で、自分はいったい何をしたいと思うのか。自分で自分と対話し、ことばで表現することによって自分が見えてきます。これは言語を持ち、自他を客観視できる人間だけに与えられた力なのです。
(神谷純子)