●前回、大学教育で「コミュニケーション能力」の育成が重要視されるようになった背景として、第三次産業が拡大したことに注目しました。この話をもう少し補足しておきたいと思います。
●20世紀、特に第二次大戦後の先進諸国では自動車や家庭電気製品といった耐久消費財生産が発展しました。耐久消費財はもともと値段が高いため、これらを大衆に売るためにはできるだけ安く生産しなければなりません。そこで、コストを下げるための工夫として、フォード・システムを採用して大量生産を行う方式が広がりました。
フォード・システムとは、ベルトコンベアによる流れ作業をイメージすればだいたいわかると思います。ここではまず、部品を徹底的に規格化・標準化します。次に、作業工程をこまかく分割し、個々の労働者はその中の一つ、例えば、ある特定の部品を取り付けることだけを行っていればよいようにします。そしてそれらの作業工程を、ベルトコンベアを利用した流れ作業でつないでいきます。そうすれば、コンベアーの終点では、自動的にすべての部品が取り付けられて完成品が出来上がることになります。
●流れ作業方式では、労働者に熟練は必要ありません。分割された中の一工程、したがって単純作業を覚えるだけで十分です。また、他の労働者とコミュニケーションを取りながら仕事を行う必要もありません。各自がマニュアルに通りに一つの作業をしていれば、諸々の作業工程がベルトコンベアーでつながれて、自動的に製品が完成することになるからです。こうしてフォード・システムは、現場の労働者同士のコミュニケーションを極力不必要なものにしてしまう仕組みであったと言えます。
こうした作業方式はまずアメリカで発達しましたが、それには理由があると言われています。アメリカは多民族国家であり、言葉の通じない人々がたくさんいます。言葉の通じない人々を一カ所に集めて作業をさせようとすれば、コミュニケーションの必要性のないシステムを採用せざるをえません。フォード・システムはまさにその条件にうってつけであったのです。
●このように、自動車、家電製品を作る産業が中心だった時代には、現場の作業において基本的にはコミュニケーションはそれほど重要ではありませんでした(なお、トヨタ生産方式など現場のコミュニケーションを重視する動きも一部に見られたが、ここではその点は措く)。
しかし、産業構造が高度化し、サービス産業などが中心となってくるとそのようなわけにはいきません。医療、教育、福祉、レジャーなどのサービスは直接に生身の人間を相手にしますが、人々の感情や個性、それに基づくニーズは個別的であり極めて多様です。規格化・標準化はとうてい出来ません。無理に規格化すれば、満足度の低いサービスしか提供できなくなります。
こうして、個別的で多様な人々のニーズに対応するために、現場で働く人々には豊かなコミュニケーション能力が必要になります。また、後方でサービス提供のための調査や企画立案等を行う人々には、大量・多様となった消費者や市場の情報収集とその分析といった、知的なコミュニケーション能力がますます求められるようになります。
このような意味で、サービス産業の拡大とそれに伴う知識労働の拡大を背景に、大学教育において、コミュニケーション能力の必要性がますます求められるようになっているのです。
(長谷部孝司)