●高校生の頃、県内の高校生が集まる集会があり、どういう経緯か忘れましたが参加することになりました。友人たちがカンパをしてくれ、それを旅費の足しとして、遠く離れた県庁所在地に一泊二日の出張にでました。
いくつかの講演会に出席し、今で言うグループシェアリングのようなことも体験しながら、二日間を過ごしました。
●その中で偶然、おもしろい講演を聴きました。確か、「歌謡史に見る時代の流れ」というようなタイトルであったと思います。要するに、身近な歌謡曲の歌詞にも、それぞれの時代の人々の思いがよく反映されているので、歌詞を見ればその時代その時代の雰囲気がよくわかる、というような内容であったと記憶しています。
当時は、「そんなものか」と特に気にもとめていませんでした。
●ところが、それから二十数年して、朝日新聞の夕刊に作詞家阿久悠さんのコラムを見つけて、急にその時の話を思い出しました。
阿久悠さんと言えば、昭和を代表する大作詞家です。彼が詩を書いた曲で、レコード大賞を取った歌はたくさんあります。いまの大学生のみなさんも、きっと聞いたことのある歌ばかりでしょう。
* 1971年「また逢う日まで」尾崎紀世彦
* 1976年「北の宿から」都はるみ
* 1977年「勝手にしやがれ」沢田研二
* 1978年「UFO」ピンク・レディー
* 1980年「雨の慕情」八代亜紀
●その彼が朝日新聞の夕刊で、ピンクレディーの「サウスポー」など後にヒット曲となる歌の作詞に取り組んでいた時に、どのような思いで詩を書いていたかを自ら語っていました。
彼曰く、自分は詩を書くときには、常に「時代」を意識している。「時代」の雰囲気のようなものを、一つ一つのことばでは直接現わさないとしても、何年かしてその歌を聞いたときに、「あー、なるほどあの時代の雰囲気だな」とすぐにわかってもらえるような詩を書きたい、というようなことを言っていました。
●その話を聞いて、「わが意を得たり」という感覚を覚えたことを記憶しています。
私も社会科学を学んでいるので、いまという時代はどのような時代であるかということを、常に考えています。それを、理屈ではなく歌の歌詞でみごとに表現できたら、どんなにすばらしいことだろと思いました。
●そう思い直して阿久悠さんの詩を聞き直してみると、実に興味深い内容ばかりです。
例えば、上にあげた尾崎紀世彦「また逢う日まで」という曲は、一見すると男女の別れの歌です。しかし、本当は何に別れを告げているのだろうかという疑問が、改めて生まれてきました。そう思いながら、その数年後につくられた沢田研二「時の過ぎゆくままに」を聞いていたら、何となく答えがわかった気分になりました。
あなたは すっかり 疲れてしまい
生きてる ことさえ いやだと泣いた。
壊れた ピアノで 思い出の歌
片手で 弾いては ため息ついた・・・・
このうような女性の姿が、違和感なく自然に成立してしまう時代とは、明らかに高度成長とは異なる時代です。高度成長は、今日はどんなに苦しくても、頑張れば明日は今日よりもきっと良くなるという、希望や確信に満ち溢れていた時代でした。だから、「巨人の星」や「あしたのジョー」が成立しました。
しかし、「時の過ぎゆくままに」は、明らかに別世界です。未来への希望や確信の時代ではなく、「アンニュイ(倦怠感)」というような感覚にさいなまれているやや退廃的な雰囲気です。
この歌を聞いたとき、「また逢う日まで」とは、実は、高度成長という時代への別れの歌ではなかったのかと、ついつい勝手な妄想がふくらんでしまいました。
●「歌は世につれ世は歌につれ」とは、実によく言ったものです。大学生のみなさんは、時代を解釈するよりも時代を享受することに夢中な年代だと思います。
しかし、どんな人でも必ず社会の中で生きています。社会の動きを無視して生きていくことはできません。自らが生きている時代とはどういう時代なのかということを、ぜひ時々は考えてみてほしいと思います。
そのヒントは、いま見たように、いたる所にころがっています。大事なことは、常にそのような問題意識を持ち続けること、アンテナを張っていることだと思います。
(長谷部孝司)