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国際言語文化学科からのお知らせ

国際言語文化学科からのお知らせ
私の研究―日本漢詩文に魅かれて―国際言語文化学科・直井准教授
2009年09月15日

人文学部
国際言語文化学科
       直井文子

 私は大学の卒業論文以来、一貫して日本人の書いた漢詩文を研究対象にしてきました。時代は江戸の半ば過ぎから幕末直前頃までで、儒学者や文人の書いたものが多いのですが、中には大名や幕府のお役人、大名の家臣の武士、町人のものもあります。裕福な町人は詩社(漢詩を作るクラブのようなもの)を結成して腕を磨いたのですね。そのパトロンのようなお公家さんもいました。
 詩の題材は様々ですが、賴山陽(らい・さんよう)という人の作に「十二媛(えん)絶句」というものがあります。これは日本史上の12人の女性をテーマにしたもので、紫式部、清少納言、北条政子など、よく御存知でしょう。
 北条政子は別名「尼将軍」ですね。頼山陽は彼女のことを複数の作品で詠っています。その政治力を評価したものもありますが、「十二媛絶句」の中では、彼女の母親としての所業を表すのに、中国の女性の話を使っています。誰かと言えば、漢の初代皇帝、高祖・劉邦(りゅうほう)の皇后の呂(りょ)氏です。夫の劉邦が亡くなると、彼が寵愛した女性を虐待し、自分の権力を維持する為に実の息子も死に追いやります。それらの話を盛り込んで、賴山陽は漢詩を作ったのですが、それを読む方は、中国と日本との両方の歴史を知っている必要があります。昔の知識人はそれが当たり前でしたが、今の私達はそういうわけにはいきませんね。そこで、詩文の中に出てくる漢字熟語や言い回しが、何か中国の話を踏まえているのではないか、という謎解きの楽しみがあり、やめられなくなるのです。
 また、同じ漢字を使っていても、日本と中国とで意味が異なったり、読んだ人の受け止め方が違ったりするものがあります。たとえば「狂」というと、今ではネガティブな表現になりがちですが、古代中国ではむしろ、積極的な良い意味があったのです。今のような意味で使われるようになったのはいつ頃からでしょう?これも日中でズレがあるはずです。
 このように昔の日本人が書いた漢詩文から、日中両国の言葉遣いや文化の違い、ものの見方・感じ方の違いを探り出して行くのが、私の研究の大部分です。もちろん、これが今の社会の中での相互理解に繋がり、また未来への発展にも繋がってゆくものと信じ、これからも勉強して行きたいと思います。以下の本に私の研究成果が載っています。(国際言語文化学科)

佐藤保編『鳳よ鳳よ―中国文学における<狂>』2009年7月汲古書院刊、
佐藤保・宮尾正樹編『ああ 哀しいかな』2002年汲古書院刊、2009年再版
日本漢文小説研究会編『日本漢文小説の世界』2005年3月白帝社刊
水田紀久・頼惟勤・直井文子校注『菅茶山 頼山陽詩集』1996年岩波書店刊