河合隼雄 人の心はどこまでわかるか 講談社+α新書
この本は、さまざまな領域の心の専門家が日ごろの仕事をするうえで感じていることを筆者に質問する形式でまとめられています。この「人の心はどこまでわかるか」というタイトルは編集者のアイディアであると冒頭に書かれていますが、著者はその答えについてほとんどわからないことを認めています。
心の専門家が、人の心がわからないと述べることは一般の人にはすごく矛盾していると思う人もいるでしょう。しかし、人の心は目に見えるものではないし、ボールのように掴めるものでもありません。本人すらそれに気付いていない場合さえあるでしょう。また、人の心は千差万別であり、それぞれが同じものではないといえます。
このように、人の心がいかにわからないかを十分に知っている者こそが「心の専門家」であることが述べられています。一方、一般の人は人の心という怪物に向き合う前に「わかった」気になり、心の問題と対峙するのを避ける場合が多いといえます。
また、「心の専門家」の資質として、自分はこの職業に向いていないんじゃないかと思うことが必要とされることが述べられています。これについても、一般の人はそういう自信のない専門家には相談したくないと思うかもしれません。そもそもわからない世界でわかったと慢心することこそがこの世界では幻想であるのかもしれません。
さらに、この本の中では、日本人の心の専門家には、父性の要素が抜けているのではないかという質問があります。日本の文化は母性社会であり、人間関係において何も伝えずに伝わるという「以心伝心」の側面が強調されます。とりわけ、空気を読んだり、建前と本音を使い分けることが美徳とされていますが、こうした文化では「真実を伝える」ことが不得意となりがちです。
この本を読むと、人の心は本当に二律背反であるし、はっきりした答えがないことがよくわかってきます。よりわからないということがはっきりとわかってくるかもしれません。人の心はそんな面白さがあるのかもしれません。
(臨床心理学科 石村郁夫)