「身体活動とクオリテー・オブ・ライフ(QOL)」
B. G. Berger and D. A. Tobar
Physical Activity and Quality of Life; Key Considerations
In Tenenbaum, G. et al. (Eds.). (2007) Hand book of Sport Psychology. pp. 598-620.
紹介内容
Seligman(2003)は、身体活動によってもたらされるポジティヴな情動はポジティヴ心理学の3本柱の一つであると述べています。ここに紹介する論文はポジティヴ心理学の観点から身体活動の生活の質への関わりについて、近年の研究を展望しています。
今回の研究会では、この論文の主要部分であるつぎのような項目について紹介します。
(生活の質と身体活動)
(身体活動と主観的幸福感)
(運動と気分の変化)
(日々のストレス反応を低減させるための運動の利用)
(身体活動における絶頂の時:ピークパフォーマンス、頂上経験、フロー、運動ハイ)
(身体活動の喜びと生活の質)
(身体活動の意味と生活の質への密接な関係)
――――――――――――――――
序文
身体活動は、生活の質に影響を与えるようなさまざまな身体的利得や心理利得に結びついている。身体活動(Physical activity)という言葉は、運動とスポーツを含む広い意味で使われる。運動にはフットネスやレクリエーションなどの大きな筋肉の繰り返しの活動を含んでいる。スポーツは正式なルールと構造を持つ活動であり、その目的は競争や勝利であり、高度な成績の達成である。
生活の質(QOL)はすべての人にとって重要であり、ポジティヴ心理学の重要な概念であるばかりでなく、快楽心理学(Hedonic psychology)や幸福や、人間の強みや、活気(Flourishing)の研究におけるキー概念でもある。
Seligman(2003, p.ⅻ)は、身体活動によってもたらされるポジティヴな情動はポジティヴ心理学の3本柱の一つであると述べている。
『2001年9月11日以来、混乱の時代におけるポジティヴ心理学の役割について考えをめぐらせてきた。ポジティヴ心理学は3本の柱を持っている。最初の1本はポジティヴな情動の研究である。2本目はポジティヴな性格の研究であり、それには人間の強さや美徳の問題はもちろん、知的な卓越や身体的活動性の優秀さも含まれる。3本目はポジティヴな制度の研究である。そこには、人間の美徳を支える民主主義や、強い家族や、研究の自由―それは翻ってポジティヴな情動を支えるものでもあるが―などが含まれる』
生活のネガティヴな面ではなくポジティヴな面を強調する快楽心理学の焦点は、身体活動の健康向上心理学モデルと似たところがある。身体活動の健康向上モデルは、運動やスポーツへの参加は参加者の生活の質を高めることができるだけでなく、病気の発症の可能性を少なくしたりその進行を抑えたりすることができると仮定している。
生活の質についての関心が高まったもう一つの理由は高齢化社会の進行です。この問題はアメリカだけの問題ではなく世界全体の問題である。今日、人々が長生きするにつれて、健康増進機関は、生活の質を高めることにおける身体運動の重要性や多面的役割を支持する研究に光を当てている(マークしている)。
1 QUALITY OF LIFE
1-1 Quality of Life
(生活の質)
生活の質はすべての人々にとって重要な問題であり、多様な意味を持っている(World Health Organization QOL Group, 1995)。
生活の質は個人の目標や欲求の調和のとれた満足に支えられている。また、生活の質は客観的な生活水準や豊かさよりは主観的な経験や感じ方、そして精神的充足を強調している。「生活の質」という言葉は主観的な満足状態や、幸福などと同義語のようにも考えられている。
These terms represent important aspects of psychological health.*
生活の質は人が身体的運動・作業を自由に遂行できる程度にも関わっている。実例をあげるならば、生活の質は行動の機能、あるいは「自分のことは自分でできる状態」、そしてその状態で長生きできることも意味している。
このように、生活の質はさまざまな意味を含んでおり、個人の生活の質の程度を測定することは簡単ではない。
生活の質の測定のための質問紙の例
Satisfaction With Life Scale (生活満足尺度)(Diener, Emons, Larsen, & Grifin, 1985)
Profile of Mood States (POMS=気分状態図表)
SF-36 Health Survey (SF-36 健康調査)
WHOの生活の質調査
本論文では「生活の質」という言葉をWHO(世界保健機構)のつぎのような定義に従って使う。
生活の質とは、(1)人が住んでいる文化や価値体系の中で、(2)自分の期待や目標や基準や関心との関係で、自分の生活の位置をどのように知覚しているかに関わっている。
生活の質とは、つぎのような側面で自分の生活をどのように評価するかに関係している。(1) Physical health, (2) Psychological state, (3) Level of independence, (4) Social relationship, (5) Personal beliefs**
1-2 Quality of life and physical activity
(生活の質と身体活動)
身体活動は、大部分の人々の生活の質に貢献する多くのものを持っている。 身体活動のタイプや関連したトレーニングの仕方によっては、身体活動は生活の質にかんれんする実にさまざまな利得をもたらす。
生活の質に対する身体活動に関連した貢献は、次のようなことを含んでいる。 (a)高められた身体機能、(b)主観的幸福感、(c)ストレス管理とユーストレス(快適ストレス)、(d)絶頂感、(e)運動の喜び、(f)個人によっての意味、などである。このことに関しては、アメリカスポーツ医学会(2006)やBerger 等(2007)や、Jackson とEklund (2004)などによる研究展望が参考になる。
身体活動は生活の質に対して望ましい影響も望ましくない影響もあたえるので、身体活動についてのバランスのとれた見方が必要である。また、生活の質の感じ方と生活の質を向上させるなかでの身体活動の役割は、個人によって変わってくることにも注意が必要である。
2 PHYSICAL FUNCTIONING
2-1 Physical Activity and Actual Physical Functioning
2-2 Physical Activity and Physical Perceived Physical Functioning
3 PHYSICAL ACTIVITY AND SUBJECTIVE WELL-BEING (身体活動と主観的幸福感)
主観的幸福感(subjective well-being)は人間の生活の多面的な評価を反映しており、生活の満足についての認識の度合いや、気分や情動の感情面での評価も含んでいる。主観的幸福感は生活の質の大きな決定要因であり、一定時間内に感じられる状態あるいは比較的持続的な心理特性であると定義することができる。理論的には、主観的幸福感は3つの主要な内容を含んでいる。(a)ポジティヴな感情の存在、(b)ネガティヴな感情のないこと、(c)生活の高いレベルの満足などである(Diener, 1994)。Subjective well-being は Happinessとほとんど同義語と考えられる。
この論文では、まず、身体活動と(a)ポジティヴな感情と気分の関係と、(b)ネガティヴな感情と気分の不在の関係とを見ていくことにする。身体活動と生活の満足との関係の研究はまだ出揃っていない。
身体活動と主観的幸福感の間の関係は複雑である。この複雑さの一つの原因は身体活動にはじつにさまざまなタイプがあるからである。たとえば、運動といっても、一時的な運動も持続的な運動もあるだろうし、エアロビックなものもノンエアロビックなものもあるだろうし、競争的な運動もレクリエーション的な運動もあるだろうし、チームでやるものも単独でやるものもあるだろう。身体活動と主観的幸福感との関係の複雑さを生み出す第二の原因は、運動がもたらす心理的利得(あるいは損失)のタイプと度合いは運動の参加者のグループによって異なることである。運動の参加者のグループには学童のグループもあれば高齢者のグループもあるだろうし、健常者のグループも精神疾患を持った人たちのグループもあるだろう。このような複雑な問題があるにも関わらず、
多くのタイプの運動が、高められた主観的幸福感、活力あるいはヴァイタリティ、そして「よりよいフィーリング」などと結びついているという強い意見の一致が存在する。
3-2 Acute Exercise and Mood
(一時的運動と気分)
一時的な運動の前後にどのような気分の変化があったかを報告する運動者は、運動の後に望ましい変化があったことを報告することが多い。たとえば、不安や抑うつの低減や疲労の回復、そして活力の増加などである。
運動の後で、多くの参加者は気分の状態を表す調査(POMS)のプロファイルで、氷山形のプロファイルを示していることが30年も前にMorgan(1980)によって報告されている。氷山形のプロファイルとは、中央にある「活力」の得点が高く、両側にある望ましくない気分である緊張、抑うつ、怒り、疲労、困惑などの得点が低くなっている状態を指している。
健常者の研究参加者にとっては、気分の一過性の変化は運動の後2-4時間持続する(Raglin & Morgan, 1987; Thayer, Peters, Takahashi, & Birkhead-Flight, 1993)。これは短い時間のように思われる。しかし、その2-4時間のポジティヴな気分の状態の時期にさまざまな出来事が起こり、そのポジティヴな気分の状態は運動者の生活の質に望ましい影響をあたえることができる。たとえば、活力あるいは生命力の増大は、エネルギーや生き生きとした感情の主観的経験や精神的そして身体的活力によって特徴づけられる幸せの強い感覚をもたらす。(Peterson & Seligman, 2004)。
活力と生命力にあふれた人は、どんな活動であれ自分が選んだ活動には熱心に取り組むので、よい結果が生まれ、また活力を高めるといった波及効果が生じる。
3-1 Chronic Exercise and Mood (長期の運動と気分)
短期間の運動が気分の変化に影響をあたえることに加えて、長期間の運動はより長く持続する効果を持っていると考えられる。その効果は、参加者の生活の質、特に生活の満足にポジティヴな影響をあたえると思われる。長期の運動の効果は、長期間にわたる運動プログラムの実行前後のスコアに現れる。長期間の運動の効果が研究されるプログラムは、数週間、数ヶ月、ときには数年にわたっている。
感情や気分の長期の変化は、特に不安や抑うつの病的に高い人に顕著にみられる(Dunn et al., 2005)。そのことは、一般の人についても確かめられている(O’Connor & Puetz, 2005)。しかしながら、このことから長期の運動プログラムが感情や気分の変化に効果があると断定することはできない。なぜならば、その間にはさまざまな環境の変化や生活上の変化があり、それらの影響があるかも知れないからである(Berger et al., 1988)。感情や気分の変化を100%長期の運動の効果だと結論づけることには注意が必要である。
長期の運動による気分の変化、特にエネルギー感と疲労感の変化が生活の質の変化において重要な意味を持っていることが確かめられている(McNair & Heuchert, 2003/2005; Ware, 2000)。エネルギーと疲労は“自分のするべきことを実行する”能力と興味に影響をあたえているようにみえる。エネルギーとヴァイタリティーに溢れ疲労感の少ない人は、そうではない人よりも、日常生活においてより困難で多様な活動に関わっていくことができる(Peterson & Segliman, 2004.pp.273-289)。ヴァイタリティは、Peterson & Segliman によれば、十分に機能し自己実現し、生き生きとしたポジティヴな感情を持ち、エネルギーの十分にある状態と定義できる(p. 276)。
O’Connor & Puetz, (2005)は、長期的運動プログラムとエネルギー感や疲労感の関係についての100以上の研究を調べた結果、エネルギー感の増大と疲労感の減少についてさまざまな報告がなされていると結論づけた。運動プログラムの長さは、10 – 20週間の幅で、さまざまであった。調べられた15の実験研究の約半数は、長期的な運動によって長期のエネルギー感の増大が見られたことを報告している。他の研究は、長期の運動プログラムによるエネルギー感や疲労感に関して統計的に十分な差を確かめていない、とオコナーらは述べている。このような結果の不一致は驚くべきことではない。というのは、運動プログラムの強度や継続期間が、研究によってまちまちだからである。
中程度と軽度の強度の運動プログラムは、高められた活力とエネルギー感と低減された疲労感を導くようである。長期的な強度の高いプログラムは感情面では逆の効果を持つかもしれない。さらなる研究が望まれる。
4 USE OF EXERCISE TO MODERATE DAILY STRESS RESPONSES
(日々のストレス反応を低減させるための運動の利用)
運動が生活の質と関係するもう一つの側面は、ストレスの低減のための技法として利用される側面である。多すぎるストレスも少なすぎるストレス(退屈を引き起こすような状況)も生活の質に対して大きな影響をあたえる。
各個人にとっての最適なストレスのレベルは異なるが、不快感を伴うストレスに持続的に長期間さらされることは、つぎのような身体的・心理的症候を引き起こす。病気、高血圧、不安、抑うつ、敵意、不幸感などである。
日常生活においては、適度なレベルのストレスは望ましいことであり、ストレスは”spice of life=生活の調味料”であるとSelye (1975, P.83)は述べている。ストレスは熱意、興奮、記憶に残る時間をあたえる。ユーストレスという言葉は、高度に望ましいタイプのストレスであり、それは人を元気づけたり、興奮させたりし、生活の質に貢献するものである(Berger, 1994, 1996)。ユーストレスの興奮はロッククライミングやスキーの滑降などのような危険性の高い身体活動と結びついている。あまりに大きなストレスは主観的な幸福感を妨げるので、身体活動のストレスのレベルをうまく調整することが重要である。
4-1 Exercise as a Stress Management Technique
(一つのストレスマネジメント技法としての運動)
運動は、ストレスを高めることにも弱めることにも利用できる数少ないストレスマネジメント技法の一つである。特に、運動は人々に個人に最適なストレスレベルを作ることを可能にする。競争的なスポーツや危険な身体活動は、ユーストレスの望ましいレベルを生み出さないとしても、ストレスのレベルを高める作用をする。運動はまたストレスレベルを下げることにも利用できる。参加者が非競争的で、リズミカルで、腹式呼吸をするような運動に参加するときには、ストレスレベルを下げることができる。
運動は心理的ストレス症候と身体的ストレス症候の両方を緩和することで重要な役割を演じている。定期的な運動がもたらす心理的変化のなかには、状態不安、特性不安、抑うつ、ストレス感などの低減と、ポジティヴな気分、エネルギー感、認知的機能、自己尊厳感、feeling of attractiveness (魅力の自信)などの増強が含まれる(Berger, 1994; Tomporowski et al., 2005)。
ストレスと関連した生理的指標には脳波のアルファー波(8-13Hz)がよく使われるが、アルファー波はリラックスしたときや不安の少ないときに現れる脳波である。運動の最中や直後にアルファー波の電圧が高くなることが観察されている(Crabbe & Dishman, 2004)。
p. 603, R, Para 2
すべての運動がストレス症候の低減に同じように効果があるわけではないことに注意することは大切である。たとえば、一つの実験では、大学生の研究効力者は3つの異なる条件で運動を行い、心理状態の変化を報告した。3つの条件とは、①一人で運動、②一人の他者と運動、しかし話をしないで、③一人の他者と運動、話が可能、の条件である。
短期間の運動の後、すべての条件で活気と平静(落ち着き)の増大と疲労感の減少が報告された。各条件の生徒の心理状態の変化を詳しく比較すると、一人で運動した群は疲労感でより低い値を示した。また、他者と一緒に運動した2つの群はより高い平静を示した(Plante et al., 2001)。このように、運動のストレス低減効果の現れ方は単純ではない。さらなる研究が必要であり、全般的に言えば、身体活動はストレス対処に有効であるようだが、運動のタイプや運動をする環境や運動の強度などの影響などが研究される必要がある。
体力がある人や定期的に運動をしている人はストレス反応や症候の出現を少なくしているように見える(Hong, Farag, Nelson, Ziegler, & Mills, 2004)。しかし、特にストレスにさらされているのではない一般の人々での効果の違いや、運動の効果への期待が高い人と低い人での効果の違いや、運動の特定のタイプの効果などは今後研究されるべき課題である。このように、いくつかの問題は残されるが、かなりの数の研究は運動がストレスレベルを低減し仕事の効率を上げる効果があることを支持している(Rostad & Long, 1996; Tomporowski et al., 2005)。
4-2 Effectiveness of Exercise Compared to Other Approaches to Stress Management
(他のストレスマネジメントの方法と比較しての運動の効果)
運動はより古くからの気分転換法と同じように不安や抑うつや怒りのコントロールに効果的であるようだ。古くからの気分転換法というのは読書とか、完全な休息とか砂糖菓子をたべるようなことである。
ストレスマネジメントの技法による効果の違いの研究では、Ghonchen & Smith (2004)がヨガのストレッチングとプログレッシヴ・リラクセーションの比較を行い、エネルギー感と意識状態で同じような効果が見られたと報告した。
運動のストレスマネジメント技法としての効果を、他の技法と比較する研究は今後の課題の一つである。
5 PEAK MOMENTS IN PHYSICAL ACTIVITY AND THE QUALITY OF LIFE: PEAK PERFORMANCE, PEAK EXPERIENCE, FLOW, AND EXERCISE HIGH
(身体活動における絶頂の時:ピークパフォーマンス、頂上経験、フロー、運動ハイ)
運動が生活の質に対して付け加えることのできるもう一つの方法は、絶頂の時を経験する機会を提供することによってである(Csikszentmihalyi, 1991,1997)。絶頂の時(たとえば大会で優勝したときとか自己記録を出したときなど・・・)は生き生きとした、満足した、そしてしばしば思い出すことになる記憶をあたえる。そのような記憶は個人の生活を特徴づけ、意味を与えることを助ける。
運動をする人が、フローやピークパフォーマンスや頂上経験や運動ハイ〈ランナーズハイのような〉などの絶頂の時について語るとき、彼・彼女らはその経験や心理状態や運動の遂行状態について多くの似たことを報告する。
だが、少し違うところもある。その相違についてはつぎのような理論がある。
絶頂の時についての「感情-成績モデル」は2次元直交モデルであり、感情と成績の2つの次元によって構成される(Privette & Bundrick, 1987,1991,1997)。
成績の次元(X軸)には「まったくの失敗――――自己ベスト」のようにマイナスの極端に「まったくの失敗」がプラスの極端に「自己ベスト」がくる。そして、感情の次元(Y軸)には「悲惨――――有頂天」のように悲惨と有頂天が両極端にくる。この2次元平面の原点の周りは、成績も中くらいで感情も偏らない日常生活で経験しているような中立のものである。
この2次元平面の第一象限、つまり右上の成績の次元も感情の次元もプラスの平面に、身体活動で感じられるフローやピークパフォーマンスや運動ハイなどが位置付けられる。
【有頂天】
| ――運動ハイ――
| ―ピークパフォーマンス―
|―頂上経験―
| ―― フロー ――
|
【完全な失敗】――――――――――――――――――――【自己ベスト】
|
|
【悲惨】
5-1 Peak Performance
(ピークパフォーマンス)
ピークパフォーマンスという言葉は、普段の成績からは予想もしなかったような成績をあげるようなことを意味する。しかし、このピーク(絶頂の)パフォーマンス(実行と成績)は意図して達成されたものであるよりは、無意識に自然に達成されたものである場合が多い。ピークパフォーマンスはさまざまな活動で起こりうるが、興味深いことに、チームスポーツでは起こりにくいという研究報告がある。他者の存在がピークパフォーマンスを経験することを妨げて可能性があるのではないかという見解もある(Privette & Landsman, 1983)。
運動やスポーツに関連したピークパフォーマンスの例は、ゴルフでのホールインワン、テニスでの完璧なサーヴ、普段は5マイル走ったらくたびれてしまうランナーにとっての努力なしの10マイルジョギング、などである。
ピークパフォーマンスは、有能さや、優秀さや、熟練や、自己効能感などの強い知覚を向上させ、その知覚は生活の質を高めることができる。そのような知覚は、生活の質にとって非常に重要な満足や幸せの感情を増進させることにつながる。
5-2 Peak Experience
(絶頂経験、あるいは頂上経験)
頂上経験とは、強い喜びや幸せの感情を含む心理的状態を表している。 それは、平静、大きな喜び、忘我、あるいは恍惚などのような強いポジティヴな感情を引き起こすようなあらゆる経験で起こりうる。頂上経験は、生活の質に影響を与える、記憶に残る、充実した、個人にとって意味のある瞬間である(Maslow, 1968)。
一人の個人の頂上経験の一例をあげると、つぎのようなものである。誰もいない渚のジョギング、美しいカモメが飛び、仲間のカモメと鳴き交わす声を聴きながらのジョギング、強い喜びを経験する。
頂上経験は英国海峡-ドーヴァー海峡-を泳いだ運動家によって報告されている。彼らは泳ぎ切ったことの個人的意味を振り返り、自信の高まりや、無限の可能性の気づきや、日常生活の素晴らしさ〈の発見〉や、仕事の効率の向上などを報告した(Hollander & Acevedo, 2000)。
頂上経験を研究する際の一つの難点は、頂上経験は意図的に計画して経験できるものではないので、実験室の中で研究するのは難しいということである。
頂上経験はスポーツにかぎらずさまざまな活動で経験されているようであり、214名の大学生の調査で経験のないものはわずか3名であったという報告がある(Allenm Haupt, & Jones, 1964)。それに対して、頂上経験を報告した者は60%にとどまるという報告もある(Keutzer, 1978, p.77)。
運動やスポーツで頂上経験をした人の割合はよく分かっていない。今後の研究の課題であるが、今後の研究では「頂上経験」の定義もはっきりさせる必要がある。
5-3 Flow
(フロー)
Csikszentmihalyi チクセントミハイ(1975)は、フローはポジティヴな心理状態であり生活の質の決定要因であると述べている。また、フローは課題の困難度と個人の技能の微妙なバランスの上で経験されるものだとも述べている(Csikszentmihalyi, 1991, 1997)。もし個人の技能が課題の要求を超えて優れていれば、課題は易しすぎて退屈なものになるだろう。
もし個人の運動能力が課題の要求と合っていない場合には、課題は難しすぎるようになり、不安と結びつく。フローは、課題の要求が強い集中を求め、個人の能力あるいは技能と課題の要求の間に調和があるときに、その結果として生ずる。
フローは喜びや忘我によって特徴づけられるので、生活の質に役に立つ。フローは個人の内部に感じられる喜びであるので、運動家はそれを追求する。
フロー状態を測定する尺度があるが、その尺度が測定している側面はつぎのようである。(a) 自己目的的、あるいは自分で自分にほうびを与えるような経験である。(b)状況の要求と個人の技能のバランスのとれた状態。(c)明確な目標意識。(d)現時点での課題への集中。(e)自己意識の消失。(f)行為と意識の融合。(g)コントロールできている感じ。(h)時間感覚の変容。(i)明瞭なフィードバック。
フローの生じやすさはすべての活動で同じというわけではない。
組織された、そして継続的あるいは持続的な性質の身体活動はフローを促進するようである。
競争はフローの生起を促進することも妨害することもあるようである(Jackson et al., 2001)。
5-4 The Exerciser’s or Runner’s High
6 ENJOYMENT OF PHYSICAL ACTIVITY AND QUALITY OF LIFE
(身体活動の喜びと生活の質)
身体活動は、喜びの経験を可能にすることで生活の質に貢献する。近年台頭してきているポジティヴ心理学が強調するように喜びに満ちた活動は、興味深く、価値のある、真に記憶に残る経験をもたらすことによって生活の質を高める。
6-1 Enjoyment: A Positive Affective State
(喜び:一つのポジティヴな感情状態)
喜びは、活動をそれ自体をポジティヴな感情をもって行うようなときに生じる心理的状態であると定義できる(Kimiecik & Harris, 1996, p.256)。喜びはしばしば自己目的的に生ずる。つまり実行している活動そのものから満足を得ているような活動のなかで生ずる。喜びの経験は、幸福感や活力や快楽やリラクセーションなどのような望ましい感情状態をもたらす(Motl, Berger, & Leuschen, 2000)。
身体活動の喜びもまた達成感や意気の高揚や幸福感を生み出すことができ、それは今度は、日常生活に意義と精気を与えることになる。それは、生活に彩りと満足と感謝の気持ちを加える。喜びを語るものは、喜びの生活の質、特にポジティヴな感情と満足感の向上における重要性について語る。
6-2 Benefits of Exercise Enjoyment: Increased Participation and Program Adherence
(運動の喜びの恩恵:運動プログラムへの参加と関与の増大)
身体活動が好きで望ましいものにする一つの方法は、活動の喜びを増大させることである(Dishmen et al., 2005)。実際、喜びは運動参加の理由としてよく引き合いに出される(Carpenter & Coleman, 1998)。
Sallis et al., (1999)は4-12学年の男女生徒を調査した結果、体育授業の喜びは身体活動のレベルとプラスの関係にあることを報告している。この研究では、体育授業のなかでの喜びを高めることは身体活動のレベルを高めることであり、健康問題に関連した目標と考えられねばならないと結論づけている。
運動の楽しみを向上させることは極めて重要な問題と考えられる。しかし近年の調査(Prochaska, et al., 2003)では、4-6学年での子どもの体躯授業での喜びのレベルが低下している。
身体活動への参加の喜びと関与はたくさんの縦断的研究によって研究されてきた(Dishman et al., 2005; Sallis, Calfas et al., 1999; Sallis, Prochaska et al., 1999)。Sallis, Prochaska らは大学生を対象に16週間にわたる実験授業を行い、運動の楽しさが身体活動のレベルに影響を与えることを確かめた。Dishman et al., (2005)は、9学年の女子(N=2,087)の1年間にわたる介入研究を行い、身体活動の喜びと身体活動への参加の自己効能感を高める試みを行った。その結果、身体活動の喜びの増大は活動の増大をもたらしただけではなく、習慣的な運動の参加とも関係していた。Kimiecik (2002)が強調しているように、身体活動の喜びは「内的に動機づけられた運動家」を育てるカギとなっている。
6-3 Benefits of Exercise Enjoyment: Enhancement of Mood Changes
(運動の喜びの恩恵: 気分の変化の向上)
運動の喜びは身体活動への参加を促進くることに加えて、気分の向上という心理的な効用もある。
Miller et al. (2005)は、運動の喜びが運動と気分の変化の関係に与える影響を研究した。この研究はBerger & Motl (2000)の仮説にもとづいている。大学生がエアロビックやリズム運動に参加した。用いた用具はクラブ所有の共用のものであった。参加者の運動の種類による喜びの度合いの評定値はポジティヴにもネガティヴにも感情に関係していた。さらに、自分の好きな運動で運動した参加者はポジティヴな感情をより大きく向上させていた。この結果は、好みの運動をすることが運動の喜びを高めることにつながっており、喜びが運動のもたらす心理的変化にどのような影響を与えるかのさらに深い知識を得るためには、一層の研究が必要である。
喜びの欠如は運動と結びついた望ましい気分の変化を妨げるようである。たとえば、夏の水泳クラスでPOMSを使って気分の変化を調べたが、水温と気温が不快に感じられるほど高い時には、気分の変化は確認されなかったが、秋のクラスではPOMSの多くの下位尺度で短期間の向上がみられた(Berger & Owen, 1986)。
Koltyn, Shake, & Morgan (1993)は、水泳での水温や水着の心理的影響を調べた研究のなかで、不快な運動の条件が状態不安にあたえる影響を報告している。その報告によると、成人男子のスイマーは、ウエットスーツを着て冷たい水温の中で泳ぐと状態不安を低減させた。一方、ウエットスーツなしで冷たい水温で泳ぐ場合と、ウエットスーツを着て温かい水温で泳ぐ場合には状態不安を増大させていた。このように、運動の不快な環境条件は喜びの感覚と感情の望ましい変化を妨げている。
運動者のパーソナリティーと運動をする情況の交互作用も喜びの感じ方に影響をあたえる。たとえば、身体の外見をとても気にする人、つまり社会的身体不安の高い人、は公の場や学校の授業での運動に喜びを感じない傾向がある。公の運動環境は身体評価不安を引き起こし、喜びよりも不安を引き起こすことがある(Foch & Hausenblas, 2004)。社会的身体不安の高い人が運動に喜びを感じることができるようにするためには、外見を評価されるような機会の少ない運動に参加する必要がある。
喜びの欠如は運動がもたらす利益を受け取ることを妨げ、運動の機会や習慣を少なくしている(Salmon, Owen et al, 2003)。
7 UNDESIRABLE EFFECTS ASOCIATED WITH EXCESSIVE PHYSICAL
ACTIVITY
7-1 Overtraining and Staleness
7-2 Psychological Responses to Overtraining
7-3 Prevalence and Incidence of Staleness
7-4 Exercise Dependence
7-5 Prevalence of Exercise Dependence
7-6 Exercise Deprivation Studies
7-7 Qualitative Studies
8 A TAXONOMY TO MAXIMIZE THE BENEFITS
8-1 Possible Need for Exercise Enjoyment
8-2 Mode Type of Physical Activity
8-2-1 Abdominal, Rhythmical Breathing
8-2-2 Absence of Interpersonal Competition
8-2-3 A Closed and Predictable Environment
8-2-4 Repetitive and Rhythmical Movement
8-3 Training Factors
8-3-1 Frequency
8-3-2 Timing
8-3-3 Duration
9 MEANING OF PHYSICAL ACTIVITY AND IMOLICATIONS FOR QUALITY OF LIFE
(身体活動の意味と生活の質への密接な関係)
身体活動の意味は運動の喜びと密接に関係しており、運動の開始や継続そして全体的な生活の質と掛かり合っている。しかし、運動心理学の文献には、運動が参加者にとって意味することに関する情報が十分ではない。この欠如は驚くべきことである。というのは、個人的な意味は運動経験の中心的問題だからである。運動の個人的意味や生活の質や生活の充実との関連を考えた時には、運動全般の区別のない推奨や成績や外的基準への注目よりも、参加者の内面を見る必要がある。
9-1 Emphasis on Utilitarian Accomplishment and an Outward Focus
(実用主義的達成の強調と外的基準への注目)
多くの研究者は、心拍数とか体脂肪率とか距離走とかに、それらが現実を代表して表しているかのように、価値を置いてきた。多くの研究者は内的世界、つまり身体活動のあいだに生起する主観的経験へほとんど注意を払わなかった。
技能の発達とか体力の向上とか気分の高揚とか自己尊厳感の増大とかのような身体活動の個別の側面への注意は、身体活動の生活の質との関係の全体を区分したやり方で考察してきた。時計の動きを理解するためには時計を分解することもよいだろうが、個々の部品は時刻を告げることはできない。そのように、運動の全体は各部分の合計以上のものである。そのようなわけで、運動の意味は気分状態の改善や体脂肪の減少以上のものである。
9-2 Quantitative and Qualitative Research Approaches: Looking Within
(量的および質的研究法:内面を見る)
個人的意味は主観的経験であるので、客観的な測定は困難である。
伝統的な量的研究法に加えて、反省的な(哲学的意味で)質的研究法が必要である。
質的研究は運動実行者の観点から現実を理解すること、表現の多様性を強調することを可能にする。そのために質的研究法は身体活動の意味に影響をあたえる運動の出来事やそれらの相互作用について記述する有効な方法である。
9-3 Commonly Expressed Meanings in Exercise
運動の効果として取り上げられる項目のほかに、運動の意味として取り上げられる項目には次のようなものがある。
・楽しみ、喜び、嬉しさの経験
・自己反省、自己をよく知ることへの道
・学習や目標設定の自由
・自分の時間:孤独な時間、他者に邪魔されないで運動を楽しむ
・自己権限と自己責任
・自然とのコミュニケーション、大地を身近に感じること
・死と加齢から遠ざかること
・動きたい本能の充足
・運動のより深遠な意味:精神性の探求、身体―精神―心―魂の統合の感覚
(Battista, 2004; Berger et al., 2007; Kimirtik, 2002)
9-4 Paradoxical Meaning of Physical Activity
10 CONCLUSION
180 references