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最近の興味関心 :「ネジとネジ穴のあいだで」(沢宮 容子教授)


2025年10月31日
30年前、ある先生の言葉が胸に刺さりました。先生はこう言ったのです。「カウンセリングなんて大嫌いです」。そして、こう続けました。「ネジ穴の形に合わせてネジの形を変えるのがカウンセリングだ。ネジ穴がどれほど歪(いびつ)でも、人をそこへ適応させようとする。だから大嫌いなんです」。人に寄り添うはずの営みが、いつの間にか社会へ人を従わせる装置になってはいないか――先生が投げかけたその問いを私は今も反芻しています。

海外では生き生きとしていたのに、帰国後に学校と折り合えなくなったA子さん。過酷な労働で心身を壊したBさん。面接のたび、私は自問します。クライエントという「ネジ」だけを削り直そうとしていないか。社会という「ネジ穴」の歪みに無批判となっていないか。

カウンセリングは、人の苦悩を「個人の心の問題」へ還元してきました。変わるべきは本人=ネジであって、社会=ネジ穴はそのままでよい――そんな前提がそこには潜んでいなかったでしょうか。いじめ、貧困、格差、差別、偏見、ハラスメント。実際には、心の痛みは、ネジ穴そのものに起因する場合が少なくないでしょう。ネジだけを直しても、噛み合わない現実は残り、問題は解決しません。

そこで必要となるのが、内面の支えと同時に、人と環境の関係を見直す視点であり、この視点に立脚するのが、社会正義アプローチ(Social Justice Approach)です。第一勢力の精神分析、第二勢力の行動療法・認知行動療法、第三勢力の人間性心理学、第四勢力の多文化カウンセリングに続き、カウンセリングの歴史における第五勢力として2000年代に体系化されました。この新しい潮流は、個人の問題を文化・社会・経済の次元から捉え直すことで、個人を支え、環境を問い、両者のあいだに折り合いを見出していく営みです。

私たちカウンセラーは、苦悩を「ネジ」である個人の問題にのみ閉じ込めてはいけません。「ネジ穴」である社会の歪みを可視化すること、そして「ネジとネジ穴」との関係を作り直すこと。カウンセリングの要諦と言ってよいのではないでしょうか。

教員プロフィール

沢宮 容子 応用心理学部 臨床心理学科 教授
筑波大学大学院博士課程修了 博士(心理学)
日本カウンセリング学会理事長 日本心理臨床学会業務執行理事 日本心理学会代議員 日本心理療法統合学会理事 寛容と連携の動機づけ面接学会理事 日本ポジティブサイコロジー医学会評議員 日本心理学諸学会連合副理事長
The Motivational Interviewing Network of Trainers (MINT)

(臨床心理学科)
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