東京成徳学園創立100周年コラム「100」―子どもにとっての「100」の意味―

本学園創立100年にあたり、子どもとかかわる仕事・保育者を目指す幼児教育科からは、「子どもにとっての「100」の意味」についてお話したいと思います。
『ともだち100人できるかな』『100万回生きたネコ』『100かいだてのいえ』など、子どもの周りには100が取り入れられた歌やお話が数々あります。普段の生活や遊びの中でも「もう100まで数えられるよ!」「縄跳び100回なんて簡単!」と自慢気に子どもが100という数字を口にする場面が見られます。こうした時、子どもは本当に100まで数えられるかや、100回跳べるのかなどのことは意識していません。100という数字の正確な量・値ではなく、「ものすごくたくさん」という意味で100が使われているからです。先に挙げた歌やお話に出てくる100も、「ものすごくたくさんの」「数えられないくらいの」友達の人数や建物の階数が、子どもが100で表していることです。
なぜこうしたことが起こるのか。それは、子どもの成長発達と大きく関係しています。乳幼児期の子どもは、自分で直接見たり聞いたり、触ったり、味わったり、匂いを嗅いだりして、身の回りの様々なものを知っていきます。この頃は、体験したことを正確に記憶したり、数えたりする機能は発達していませんし、○○のようだと他のものに例えたり、どちらがどのくらい大きいなどと比較して違いに気付いたりする力も弱く、そもそも自分が感じたことを言葉で表現することができるようになるまでにはまだまだ時間がかかる段階にあります。私たちは、子どもと関わる際に、いたずらに数や文字を覚えさせることに注力せずに、子どもが直接体験を通して一つ一つのことを納得して理解していく姿を、気を長くもって見守る姿勢が大切です。早期教育という名の下で意味も分からないまま覚えさせたことは、10歳になる前には先取り効果がほぼ見られなくなると言われています。乳幼児期に心を動かす出来事にできるだけ多く出会い、知識・技能の土壌を耕しておくことが、その後の長い人生を生きてく上で必要な力を育むことにつながります。
そうした想いで子どもの「あと100回やるから見てて!」という言葉を受け取ると、子どもらしくて可愛いという以上に、その子の輝かしい将来への道が少し見えるようで、明るい期待でほっと安らぐ心地がして、なんとも味わい深い「100」になるのです。
2026年3月31日
執筆者
東京成徳短期大学 幼児教育科 科長
松本 純子教授
『ともだち100人できるかな』『100万回生きたネコ』『100かいだてのいえ』など、子どもの周りには100が取り入れられた歌やお話が数々あります。普段の生活や遊びの中でも「もう100まで数えられるよ!」「縄跳び100回なんて簡単!」と自慢気に子どもが100という数字を口にする場面が見られます。こうした時、子どもは本当に100まで数えられるかや、100回跳べるのかなどのことは意識していません。100という数字の正確な量・値ではなく、「ものすごくたくさん」という意味で100が使われているからです。先に挙げた歌やお話に出てくる100も、「ものすごくたくさんの」「数えられないくらいの」友達の人数や建物の階数が、子どもが100で表していることです。
なぜこうしたことが起こるのか。それは、子どもの成長発達と大きく関係しています。乳幼児期の子どもは、自分で直接見たり聞いたり、触ったり、味わったり、匂いを嗅いだりして、身の回りの様々なものを知っていきます。この頃は、体験したことを正確に記憶したり、数えたりする機能は発達していませんし、○○のようだと他のものに例えたり、どちらがどのくらい大きいなどと比較して違いに気付いたりする力も弱く、そもそも自分が感じたことを言葉で表現することができるようになるまでにはまだまだ時間がかかる段階にあります。私たちは、子どもと関わる際に、いたずらに数や文字を覚えさせることに注力せずに、子どもが直接体験を通して一つ一つのことを納得して理解していく姿を、気を長くもって見守る姿勢が大切です。早期教育という名の下で意味も分からないまま覚えさせたことは、10歳になる前には先取り効果がほぼ見られなくなると言われています。乳幼児期に心を動かす出来事にできるだけ多く出会い、知識・技能の土壌を耕しておくことが、その後の長い人生を生きてく上で必要な力を育むことにつながります。
そうした想いで子どもの「あと100回やるから見てて!」という言葉を受け取ると、子どもらしくて可愛いという以上に、その子の輝かしい将来への道が少し見えるようで、明るい期待でほっと安らぐ心地がして、なんとも味わい深い「100」になるのです。
2026年3月31日
執筆者
東京成徳短期大学 幼児教育科 科長
松本 純子教授