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茂呂 雄二


茂呂 雄二(もろ ゆうじ:応用心理学部 臨床心理学科)
主な担当授業:学習・言語心理学、心理学研究法Ⅰ・Ⅱ、発達心理学特論
専門:心理学

赤ちゃんの言葉の不思議:話せないのに話せるの?

赤ちゃんは生まれておよそ6ヶ月から10ヶ月の間、喃語(なんご)という特別な「ことば」を話します。喃語というのは「バババ」「ダダダ」など、単純な音声を連続で声に出す「ことば」です。

「ことば」と言いましたが、「バババ」は日本語の単語などではないので、辞書には当然のっていない発声・発音にすぎないとも言えます。しかし不思議なことに、この日本語単語とはいえないない発声・発音でも、赤ちゃんとお母さんはちゃんと理解し合うことができてしまうのです。

赤ちゃん:バババ

お母さん:ご機嫌さんね、何見つけたの?あーワンちゃんがいたねー

この事例では、赤ちゃんとお母さんは、見つけた犬について会話しているように見えます。

繰り返しですが、赤ちゃんひとりだけを見ると、赤ちゃんはことばを話せません。ところが赤ちゃんとお母さんのペアとしては、立派にことばを話しているのです。

赤ちゃんの発声だけに着目すると「バババ」は意味のない音の連続だとも言えます。それにもかかわらず、母子のペアとしてのやり取りに注目すると、赤ちゃんの「バババ」は「ワンちゃん見つけたよー」と言っているよう聞こえます。

喃語の時期の赤ちゃんは、まだ、ことばを話せない人です。しかし同時に、お母さんと一緒なら、ことばを話せる人になることができています。ひとりだとまだ十分に成長していませんが、二人でやり取りする時には、成長した姿を見せることができます。

一方で、お母さんは、赤ちゃんがことばを話せないなどと思ってもいないようです。赤ちゃんがどんな発音をしても、それが意味を持ち何かを伝えようとしていると受け止めています。そして赤ちゃんの喃語に応えることで、一緒に、意味にあふれた場面を作ります。お母さんが赤ちゃんの喃語に自分のことばを追加することで、「バババ」は生き生きとした意味を与えられるのです。

ところで「ことばが話せるかどうか」は、ある人の能力を問題にすることです。能力の有無は、見方によって違ってきます。赤ちゃん一人にだけ着目するのか、それとも赤ちゃんとお母さんのペアに着目するのかの二つの見方で違ってきます。しかし、私たちは能力を問題にするときには、多くの場合に、その人一人だけを問題にします。しかし、この一人だけに着目する見方は、非常に不十分な見方ということになります。赤ちゃんとお母さんとのペアに注目することで、浮き彫りになる、成長しつつある赤ちゃんに潜む力強さが、赤ちゃんひとりだけを見る限り見えてこないのです。

このようなペアに着目することの重要性は、赤ちゃん研究に限られるものではありません。現在、心理学では、病院や工場、オフィスなど、実際の活動の場を研究することが多くなっています。このような現実の活動の場は、他の人と分業したり、共同したり、みんなで一緒にする場面への注目が広がっています。子ども同士が助け合いながら問題解決する場面、オフィスや工場などの働く場で多数の人々が協調する場面、異なる職種の人々が専門の垣根を超えてコラボレーションする場面が取り上げられ、そのような場面での人々の成長と発達が研究されることが多くなっています。

赤ちゃんの言葉の不思議に着目することは、実は、私たちが大人になっても行っている他の人々との共同作業やコラボレーションの重要性に気づく上で大事なことだったのです。

参考文献 L. ホルツマン著(茂呂雄二訳)『遊ぶヴィゴツキー』新曜社

VUCAの時代と即興パフォーマンス

現代はVUCAの時代と言われます。VUCA とは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの頭文字で作られた造語です。急速に目まぐるしく変化している現在の世界の特徴を意味する言葉です。あるいは、先が見えない、簡単には答えを見つけることのできない多くの問題を抱えている、今日の社会状況を言い表す造語です。ネットには、VUCAの時代には、どのようなスキルが必要なのか、どのような能力の開発が必要なのかといった記事がたくさん掲載されています。このような不確実な時代をどうやって乗り越えれば良いのか、多くの企業が何とか解決法を探そうと必死になっているのです。

このVUCAの時代にあらためて注目を集めているのが、即興パフォーマンスです。即興パフォーマンスの典型は、俳優の演技ですが、他にも例えば幼児が夢中になって行うごっこ遊びも即興パフォーマンスの一つです。とくに台本もないままに、即興で誰か他の人になってみせる、自分とは違い人物になって、いつもやらない新しいことにチャレンジするのが、即興パフォーマンスです。即興パフォーマンスのこのような特徴が、VUCA時代に必要とされていることと通じ合うと言う意味で、注目されているのです。

インプロ・ゲーム(シアター・ゲームとも呼ばれる)は、即興パフォーマンスの一つですが、よく利用されるものです。インプロはインプロヴィゼーションの略語で、元々は演劇の劇団員たちが日々の稽古の前や公演前にウォーミング・アップするために作られたエクササイズでした。

例えば、7、8人の俳優たちが輪になって並びます。ある一人が、架空の「火の玉ボール」を向かい側にいる俳優に「ヒュー」と言いながら飛ばします。ボールを飛ばされた俳優は、ボールが伝えるエネルギーに耐えるような演技をしながら、ボールをしっかりと受け止めた振りをします。そして、別の俳優にそのボールを「ヒュー」と言いながら回します。こうして、俳優たちは、エネルギーを高めあい、体も温め、やる気を高めて、その日の練習や公演にのぞむと言うわけです。

このような即興のパフォーマンス遊びの効果は、何も俳優たちだけのものではありません。社会教育でも有効で、移民の子供達や貧困で苦戦している子どもたちの自己表現や自己理解にも大きな力を発揮することが示されてきました。即興パフォーマンスを行うことで、クラス作りや仲間作りに良い効果がもたらされることが知られ、学校でも導入されています(『インプロを全ての教室へ』)。

また、企業においても、即興遊びを通して、チームのメンバーの相互理解を深めたり、人間関係で軋轢を抱えた部署において、即興による演劇遊びを演じ合うことで、相互理解を深め、問題の解決に向けた話し合いを促進するなどに利用されています(『壁を破る力:パフォーマンス・ブレークスルー』)。

このようなパフォーマンスの力を、人々の学習や発達に応用しようとするのが「パフォーマンス心理学」です。私たちは、毎日毎日、台本のない芝居を即興で行なっている存在だとも言うことができます。正解を知らないままに、即興で何者かになってみては、その手応えを確かめながら、そのやり方を修正する。次の日には、また別の課題や難問に出会い、新しい振る舞いを実行しては、うまくいくかどうか確かめてみる。このような即興芝居で重要なのは、一緒に演じる仲間たちと、演技のできる舞台です。上演できる舞台は、安心して、何でもやって良い、自由な空間です。仲間たちと上演のできる舞台作りが、人々の発達にはとても重要なのだと、パフォーマンス心理学は考えます。

参考
茂呂雄二他編著『パフォーマンス心理学入門』新曜社
キャシー・サリット『壁を破る力:パフォーマンス・ブレークスルー』徳間書店
キャリー・ロブマン他『インプロを全ての教室へ:学びを革新する即興ゲーム・ガイド』新曜社
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